活躍する卒業生
- 名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻 物理学第二 准教授
- 森島 邦博氏
「他の人がやっていないことをやる」
~宇宙線イメージング技術で社会貢献~
2021年4月母校の土曜講座 にて「宇宙線イメージングによるクフ王 大ピラミッド内部の新空間の発見!」の講演をしていただきました。今回は、森島邦博さんがどうしてこの研究の道に進まれたのかを伺いたいと思います。
ーどんなきっかけで、何時頃から、物理学に関心を持たれましたか。
滝学園時代、どんな生徒でしたか。部活動はされていましたでしょうか。
物理に興味を持ったのは、中学生から読み始めた雑誌「ニュートン」の影響ですね。「ニュートン」では宇宙とか古代遺跡、古代文明なんかもよく取り上げていて、考古学にも興味を持っていきました。部活はどこかには入らなければいけないから、囲碁将棋部に入っていました。ただ活動は部活の時間だけ。だからといって学園生活がつまらなかったわけではないです。昼休みにみんなでサッカーをしたり、先生からはガミガミ言われることもなく、自由にやらせてくれたなというのが滝の印象ですね。
そうそう、弟も滝でお世話になりました。
大学では宇宙について研究したいと進むべき大学を調べたところ、名古屋大学が幅広く宇宙の研究をしていて、最先端をいっていることを知り、進学先を名古屋大学に決めました。
大学時代はどのような生活を送られましたか。研究テーマは、何だったでしょうか。 名古屋大学では、理学部物理学科の素粒子宇宙物理学を専攻、素粒子の一種であるニュートリノについて研究をしました。ニュートリノはものすごく検出が難しい素粒子なので、その検出から解析に至るまでのプロセスを開発して、物理解析を進めるという流れなのですが、当時は、物理解析よりも素粒子を計測する原子核乾板という技術の開発の方に興味がわいてきました。素粒子の実験は、究極の精度でさまざまな物理量を測定することで未知の現象を探す実験なので、市販の装置を組み合わせただけでは実験ができません。そのため、装置から自分たちで全て作らなければいけない。それが結構面白かった。世の中にまだないものを作る技術というのは、言い換えれば、世界最先端の技術を作っていることになります。名古屋大学の“物理学科” の特徴がまさしくそれで、他の研究機関ではできないことが名古屋大学ではできるという環境だったのです。ですから、途中から私の興味の対象は技術開発に変わっていきました。誰も持っていない技術を作って、誰も見たこともないものを測定する。それが楽しくなったのです。
名古屋大学しかない原子核乾板(※5)を使った素粒子研究、アナログ技術とデジタル技術の融合。 原子核乾板使った素粒子研究は、遡ること50年以上前の1971年に丹生(にう)潔教授が宇宙線中に未知の粒子(X粒子)を発見したことに始まります。原子核乾板は、光が当たると感光する結晶を使った写真フィルムの一種であり、フィルムの中を宇宙線などの素粒子が通るとその跡が残る。この素粒子の軌跡を結晶サイズで記録することで、素粒子がどの場所をどの角度で通り抜けたかを極めて高い精度で把握できるのです。宇宙線などの目に見えない素粒子を写真フィルムに映す、それが原子核乾板です。一般の写真フィルムとの違い、素粒子を写せるように感度を高めた感光層を透明なプラスチックの両面に厚く塗った構造とすることで、立体的に素粒子の軌跡のイメージが撮れます。ただ、原子核乾板に記録される軌跡の像は千分の1ミリ(1マイクロメートル)よりも微細なために、原子核乾板を解析するには、光学顕微鏡が必要です。そこで、名古屋大学では、顕微鏡とコンピューターを組み合わせた「超高速自動飛跡読み取り装置(HTS)」を開発し、最大の課題だった解析時間の大幅短縮に成功しました。この装置は世界で唯一、名古屋大学にしかありません。しかも、原子核乾板自体も、今は名古屋大学でしか作れないものです。
原子核乾板の大きさはA4サイズほど 超高速原子核乾板自動飛跡読み取り装置(HTS)
改めて…どのような経緯でピラミッドに関わることとなったのでしょうか?「2016年宇宙線イメージングによるクフ王 大ピラミッド内部の新空間の発見」に至ったのは何がきっかけだったのでしょうか?
ニュートリノという素粒子を検出する技術の開発で2010年、博士号を取得しました。その技術を他の研究にも使いたいと思っていました。そんな思いを抱きながら、原子核乾板を使って、ミューオンや中性子を対象に、過去に行われた実験を参考にして新しい研究の方向性を探っていろいろ試していました。その中でも特に面白いと思ったのは、40年ほど前、ノーベル物理学賞を受賞したルイス・ウォルター・アルヴァレスという物理学者が、宇宙線に含まれるミューオンという素粒子を使ってX線レントゲン撮影のようにピラミッドの中の未知の空間を探した話です。当時の実験装置はとても大きくて、新しい空間は何も見つかりませんでした。ただ、アイデア的にすごく面白いので、まだ調べられていないピラミッドを対象に自分でもやってみたいと考えていました。
このようなことを考えて研究を進めていたところ、2011年の福島原発の事故が発生しました。原子炉の中がどうなっているか、燃料は溶けているのかをどうしたら確認できるかが大きな問題となっていました。そこで、アルヴァレスがピラミッドの内部を調べたように宇宙線を使って、原子炉の内部を透視できるのではと、提案をしたのです。この方法を宇宙線イメージングと呼びますが、宇宙線が原子炉を通ってきた方向や位置を分析し、それらをパソコン上でマッピングすることで、原子炉内部を透視して状態を確認できます。透視の原理ですが、燃料が溶けている場合には、その部分が「空間」となっているために、燃料が正常に存在している場合と比べると宇宙線がたくさん通ります。この性質を利用して原子炉内部の燃料の有無を調べるのです。東芝と共同で研究をして、福島第一原発2号機に原子核乾板を設置して原子炉を通り抜けた宇宙線を記録し、分析したところ、ほとんどの燃料が溶けていることが分かりました。福島第一原発の原子炉の中を、宇宙線を使って可視化したことが、宇宙線イメージングを本格的にやっていくきっかけとなったのです。
原子炉の取材で来ていたNHKのスタッフと知り合いになり、ピラミッドの中を調査したいという私の思いを知った彼らが、その可能性を探ってくれました。そうしたら、ピラミッドを科学的に調査しているフランスやエジプトのチームと一緒にやればできそうだということがわかった。そこから話が進み、2015年、ピラミッドの内部を科学的に調査する「スキャンピラミッド」プロジェクトが始まったのです。宇宙線イメージングの技術でピラミッドの内部の未知の空間を探査することがメインのプロジェクトです。そのスキャンピラミッドの記者会見にはものすごい数の報道陣が来ていて驚きました。このプロジェクトは純粋な学術研究ではなく、メディアも巻き込んでいることや観光産業にもつながる点でも注目されていることに気づき、このような異業種との協働プロジェクトは良い経験になり、その後の活動にも活かされました。
原子核乾板検出器と森島さん
クフ王のピラミッドと発見した2つの空間
さらに、この宇宙線イメージングでクフ王ピラミッドの内部に未知の空間を発見したと公表したときの世界からの反響は想像を越えるものがありました。2つ発見した空間のうちの1つは石の隙間の小さな穴を通してファイバースコープで確認できたのですが、出来れば自分の目で直接見たいと思っています。そのためにはピラミッドに人が入れるくらいの穴をあける必要があるのですが、許可を得るためには、さらに精度を上げた分析結果が必要なので、今も技術開発と調査を続けています。この技術をいろんなところ、特に考古遺跡の調査に使えればと考えています。マヤの遺跡や日本の古墳です。私の研究室に滝の卒業生 ・中野健斗さんが入ってきて、彼が古墳を調査したいと言っています。最近では、イタリアのナポリの地下を調べ、ギリシャ時代の埋葬室を見つけました。地下が見えるということは、陥没事故の原因になるような地中の空洞を探しあてられるということです。防災の観点からもこの技術が使えることがわかったのです。堤防の中、お城の石垣の中を探査することも進めています。資源探査への活用も考えられます。鉱石などの資源がある領域は周囲の岩盤よりも密度が高く重いので、「空間」とはまた違ったイメージが可視化され、そこから鉱床などが見つけられるのではというものです。
宇宙線に含まれるミューオンという素粒子を使って今までに見えていなかったものを可視化する技術を使うと、見えるものが格段に増える。素粒子の研究分野を越えた社会に役立つ技術として、宇宙線イメージングをいろんなところに試していきたいです。企業、自治体と組んで、基礎研究だけが目的ではなく、この方法がどんな場面で役に立つのか、どこまでなら使えるのか、社会的技術として世の中に普及できるのかが私の最も関心あることです。宇宙線を使った技術でどれだけ社会に貢献できるかが、今は大きな目標になっています。
グローバルサイエンスキャンパス(GSC)(※6)のお手伝いもされているのですか。 グローバルサイエンスキャンパス、高校生が最先端の研究に参加しようというものがあって、各地の大学で行われています。名古屋大学では、令和3年度から「名大MIRAI GSC:未来の博士人材育成プログラム」を実施しています。名古屋大学の私の研究室には滝校生の鶴見莉子さんが参加しました。一緒にテーマを考える中で、彼女は樹木の中を見てみたいと提案してくれました。以前、台風の強風で滝学園の大きな木が倒れてしまい、その木の中の空洞が倒れた原因だったのを見て、ほかの巨木の中にも空洞があるのではと考えて、宇宙線イメージングでそれが見つけられるのでは、と言うのです。うまくいけば、完全非破壊で直径10mを超える樹木の内部を一度に可視化する革新的な診断方法です。そこで岐阜県恵那市・大船神社の弁慶杉という幹回りが11mの巨木で実験をしてみました。そうしたら、内部に空洞があることがはっきりと分かった。樹木医などが使っている従来の方法では確かめられないことだったので、社会的意義のある調査でした。この成果を、彼女は「宇宙線イメージングによる樹木の内部観測」というタイトルでGSCが開く全国受講生研究発表会(2023年10月29日)で披露したところ、令和5年度の優秀賞に選ばれたのです。
趣味は、何でしょうか。何か今はまっていることはありますか。 趣味はサッカー観戦と写真ですね。サッカーは、名古屋グランパスエイトのファンです。大学時代、フットサルの同好会にもはいって、プレーもしていました。チーム名は名古屋サロンパスエイト。グランパスをオマージュしてつけられた名前も気に入っていました。それから、アートですね。大学時代、美術部にも所属していました。
座右の銘は。 座右の銘というのはないのですが、自分のテーマとしては、「他の人がやっていないことをやる。」常にこれを心掛けてきました。他の人がやっていないということは全部自分で考えなければいけない。それが楽しい。誰もやっていないということは、自分が第一人者になりえるということでもあります。
滝学園の在校生、卒業生(二十歳代の若手)に対し、今後の進路を決めていくうえ、さらには、生きていくうえでの助言がありましたら。
滝学園の在校生に言えるとしたら、人と違うことを恐れずに、あえて人と違うことに挑んでほしい。みんながやっているところに飛び込むよりは、誰もやっていない分野をねらってやった方が面白い。そういうことを少しでも感じられる人は、どんどん積極的にその方向に進んでいってほしい。誰もがやっていないことに取り組むことは大変なことですが、それによって得られるものは計り知れないものがあります。無限の可能性に向って、どんどん挑戦していってほしいですね。それが自分でしかできないものであったら最高じゃないですか。
次の研究成果のご報告を楽しみにしています。
※1 原子核(atomic nucleus):
電子と共に原子核を構成し、原子の中心に位置する粒子。原子核の周りを複数の電子が回っている。
※2 素粒子(elementary particle):
物質を構成する最小の単位。原子核は素粒子ではなく、クォークという素粒子が集まってできている。原子核の周りをまわる電子は素粒子。
※3 ミューオン(muon):
電子と同じ性質を持つ素粒子。電子の約200倍の質量を持つ。この重さの違いから、電子よりもはるかに物質を通り抜ける力が強く、エネルギーが高いミューオンは数キロメートルの岩盤でさえも貫通する。人間の体を構成する素粒子ではなく、宇宙空間を飛び交う陽子などの原子核が地球大気と衝突した際に発生する宇宙線に含まれる。
※4 ニュートリノ(neutrino):
電荷を持たず、ほとんど質量を持たない素粒子。物質とほとんど反応をしないために、ミューオン
よりも物質を通り抜ける力が強い。電子やミューオンに対応するニュートリノが存在し、それらは、電子ニュートリノやミューニュートリノと呼ばれる。
※5 原子核乾板:薄く透明なプラスチック板の両面に、ミューオンを検出する乳剤を塗布した構造をしている。光に当たると感光してしまうので、遮光パックに入れて用いる。大きさは、30㎝×25㎝で、ほぼA4サイズ。乳剤層は、厚さ70マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)で、ミューオンが透過すると乳剤層に銀原子の集合体が形成される。これを現像処理すると、直径1マイクロメートル程度の大きさの銀粒子が、3次元的に並んだ点の列として記録される。現像後の原子核乾板を光学顕微鏡で測定することで、ミューオンの飛来方向や角度がわかる。研究の肝というべきこの原子核乾板は、名古屋大学で製造している。
※6 グローバルサイエンスキャンパス(GSC):国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主催する「次世代人材育成事業」。大学が行っている研究開発や理科系の講義に科学をより深く学びたい高校生が参加できるプログラムを指す。このプログラムは、国際的に活躍できる科学技術を支える人材を育成することを目的に始められた取り組みで、参加する大学は、協定事業として、都道府県教育委員会または政令指定都市教育委員会等と連携してコンソーシアムを地域の才能育成拠点として組織し、地域ぐるみで生徒の才能育成に取り組んでいる。
Profile
-
森島 邦博もりしま くにひろ
国立大学法人東海国立大学機構
名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻
物理学第二 准教授 -
- 1980年2月愛知県生まれ
- 1998年4月名古屋大学理学部 入学
- 2002年3月名古屋大学理学部 卒業
- 2004年3月名古屋大学 大学院理学研究科 博士課程(前期課程)修了
素粒子宇宙物理学専攻 - 2010年3月名古屋大学 大学院理学研究科 博士課程(後期課程)修了
素粒子宇宙物理学専攻 - 2014年4月名古屋大学 高等研究院 特任助教
- 2015年宇宙線イメージングにより福島第一原発2号機の炉心溶融を初確認
- 2016年宇宙線イメージングによりクフ王のピラミッドの北側に通路状の空間を発見
- 2017年宇宙線イメージングによりクフ王のピラミッドの中心部に巨大な空間を発見
- 2019年4月名古屋大学 大学院理学研究科 特任助教
- 2021年4月名古屋大学 大学院理学研究科 准教授(現任)
(兼任)高等研究院 准教授(兼任)未来材料・システム研究所 准教授 - 2023年ファイバースコープを用いて宇宙線イメージングにより発見した通路状の空間の撮影に成功
●所属学協会
日本物理学会・応用物理学会・日本写真学会・日本オリエント学会
●受賞
●2015年3月 第20回放射線奨励賞
公益社団法人 応用物理学会「原子核乾板自動解析技術の開発とその応用」
●2015年6月 2015年度 日本写真学会 進歩賞
一般社団法人 日本写真学会「原子核写真乾板の高速解析技術の開発」
●2016年2月 日本物理学会第21回(2016年)論文賞授賞
一般社団法人 日本物理学会「Observation of tau neutrino appearance
in the CNGS beam with the OPERA experiment」
●2017年4月 市村学術賞貢献賞
公益社団法人 新技術開発財団「原子核乾板を用いたミューオンラジオグラフィ―の開拓」
●2019年1月 NEDO-TCO オーディエンス賞
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「Cosmic Ray Imaging」
●2019年1月 NEDO-TCO 最優秀賞
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「Cosmic Ray Imaging」
●2019年4月 文部科学大臣表彰 若手科学者賞
文部科学省「原子核乾板による宇宙線イメージングの開発とその応用の研究」
●2020年3月 第4回宇宙開発利用大賞 文部科学大臣賞
一般財団法人 日本宇宙フォーラム「宇宙線を活用した巨大物体の内部イメージング」
●2022年6月 2022年度 日本写真学会 学術賞
一般社団法人 日本写真学会「宇宙線イメージング技術の開発と応用」
名古屋大学オフィシャルサイト https://www.nagoya-u.ac.jp/
※プロフィールは、取材日(2024年3月27日)時点の内容を記載しています。